の目にふと、一つの硯箱が目に止まった。
「…綺麗。」
手に取り、思わず呟いた。
二時間のBIRTHDAY
数日後。
「。戻りました。」
声を掛け、日番谷に頼まれた仕事を済ませは執務室へと足を踏み入れた。
「ひえっ!!」
執務室に足を踏み入れた途端、その光景に、は思わず声をあげた。
「な、なんですか?!この書類の山は!!…」
明らかに先程、が執務室から出て行くときよりも増えているのだ。
うず高く積まれた書類の山が、……三つ程。
「なんで、さっきより増えているんですか?!」
書類の山を指差し、が悲痛な声をあげる。
すると、今まで黙って仕事をしていた、日番谷がようやくその顔を上げた。
「……じじぃが…もとい、総隊長が明日四十六室へ提出する資料をまとめるのを、うっかり忘れていたそうだ」
所々、日番谷の語尾がきつくなっているのは、気のせいではないだろう。
「…その、手伝いにまた、十番隊(うち)が指名された。…って事ですね。」
溜息混じりにが呟く。
執務室を出る前の量なら、一時間ほど残業すれば何とかなったのだが、この量では明日の早朝まで掛かるだろう。
そうなると、計画していた事は全て無駄となる。
―――
冬獅郎の誕生日なのに……
その思いが、に再び溜息をつかせた。
「この量じゃ、今日の約束は反故になっちまうな。」
「そんなっ!」
は思わずその席から立ち上がった。
「…そんなっ。て、言ったって、この量だぞ?
どう見たって無理だろうが。…相変わらず、松本のヤローはどこかほっつき歩いてやがるしな。」
また、今度時間があるときにでも。
そう言うと、日番谷は再び、仕事に取り掛かった。
実は、以前からの約束で、今日はが日番谷に手料理をご馳走する事になっていたのだ。
得意。とまではいかなくとも、そこそこの腕を持っているは思い切って日番谷を自室へ誘っていたのだ。
最初は驚き目を見開いた日番谷だったが、最終的には了承したのだった。
その約束が反故になるというのだから、にしてみれば、なんとも言いがたい気持ちになってしまうのは当然の事で、
ただ、ただ、溜息が出るばかりだった。
「…仕方ねぇだろうが。…この書類の山、ほっとくわけにはいかねぇんだから!」
溜息ばかりつき、一向に仕事に取り掛かろうとしないに日番谷はとうとう業をにやした。
「そんな事、わかってるわよ!」
も負けじと反論する。
「わかってんなら、うじうじしてねぇーで、さっさと仕事しろっ!…ったく、何が気にいらねぇんだよ。」
「だって………!」
「言い訳しねぇーで、とっとと、仕事しろっ!!」
「……今日は冬獅郎の誕生日だから、楽しんで欲しいと思っていたのに。…それはいけない事なの?」
勤務時間内では、絶対に名を呼ばないはずのが俯き、日番谷の名を呼んだ。
その声のトーンを落とし、が日番谷に尋ねる。
「…誕生日?」
「……やっぱり、忘れてたんだ。」
走らせていた筆を止め、顔を上げる日番谷に対して、は苦笑を浮かべた。
「…ああ。…そうだったかな。」
興味のない風に答える日番谷には再び溜息を吐いた。
「…以前にも言ったと思うが、俺たちにとっちゃ、誕生日なんてあって無いようなもんだろうが。」
の態度に日番谷はそう、答えると再び筆を走らせる。
「…冬獅郎はいつもそう、言うけど……その誕生日があるからこそ、ここにこうして『日番谷冬獅郎』が存在するんだもの。
私にとっては、何よりも大切な日だわ。」
「…………。」
のその言葉に日番谷は思わず筆を止め、顔をあげた。
執務室に沈黙が訪れる。
は、顔を俯かせたまま、ピクリとも動かない。
「はい、はーい。とっととその書類仕上げて、隊長はとの時間を過ごしてくださいな。」
しばらくの沈黙の後、いきなり声が飛んで入って来た。
「松本っ!お前、いつからそこに!!」
今の今まで姿の見えなかった副官がいきなり現れ、日番谷は思わずその席をたった。
「あら?隊長ともあろうお方が、私の霊圧に気付かなかったなんて。
そうとう、さっきのの発言に気をとられてたんですね。」
うふ。
そんな語尾が聞こえてきそうなほど、乱菊の表情は面白そうに緩んでいる。
「…松本っ!」
「さー。。とっとと仕上げるわよ。出ないと、アンタの大切な人が生まれた日が終わっちゃうわ。」
「…あ。はい。…でも……。」
「松本っ!!」
は乱菊に今の話を聞かれた事の恥ずかしさで。
そして、日番谷は、自分自身はさほど気にしていなかった誕生日をに一番大切な日だと言い切られた事の嬉しさで
二人の頬や耳はほんのり桜色へと変化していた。
「照れてる時間があるなら、仕事に取り掛かる。」
「松本っ!」
「…乱菊さん。…でもこの量を私たちだけでは今日中には………」
パンパンと、手を叩き仕事へ取り掛かるようせかす乱菊にはその積み上げられた書類の山に視線を移す。
「誰が三人でするって言った?」
「……え?」
乱菊の言葉にはその瞳を瞬かせた。
「この量を三人でなんかできっこないわよ。十番隊全員と修平や吉良。恋次もみんな手伝わせるのよ。」
「……お前なぁ。」
半分、呆れたように呟く日番谷に乱菊は呆れられる事が意外とばかりに反論した。
「本来は、全隊士で仕上げるべき仕事を皆が隊長に押し付けたんですから、手伝ってもらうのは当たり前ですよ。
第一、今日は隊長の誕生日なんですからね。」
―――
隊長だって、と過ごしたいでしょ?
そう言って、ウインクする乱菊に日番谷はもう、何もいえなくなっていた。
「……なんとか、今日中に仕上げられたわね。」
最後の資料を処理済の山へ乱菊が乗せながら呟いた。
「…そうですね。…なんとか。」
もふぅ。と息をはき、辺りを見回すと、うつ伏せになりピクリとも動かない檜佐木・吉良・恋次の姿があった。
視線を上げ、日番谷へと移すと、自らの肩をほぐしている。
お茶でも入れようかと立ち上がったに乱菊が静止をかけた。
「あとは任せてアンタは隊長と帰んなさい。…ま、この時間じゃ考えてた事の半分もできないでしょうけど。」
時計を見ながら乱菊が呟いた。
「…夜食と朝食は作って上げれるし、プレゼントも渡せるでしょ?」
耳元で囁かれた言葉には顔を赤くした。
「ほら、隊長。そんなところでのんきに肩なんか揉んでないで、早く帰って残りの誕生日、と過ごしてくださいな。」
「おまっ!」
ぐいっとひっぱり、日番谷をの傍へと歩ませる。
「ほらほら、はやく!」
「って、おい。こらっ!」
「ちょ、乱菊さん!!」
慌てる二人を他所に、乱菊はあっという間に日番谷とを執務室から追い出した。
「っ!松本っ!」
「…ほら、もめてる間に時間は過ぎちゃいますよ。、いろんなこと計画してたんですから。
全部は無理でも少しだけでも受け取ってあげてくださいよ。隊長。」
その言葉に、視線をへ向けると、照れたように微笑んでいた。
辺りには机に突っ伏した隊員たち。
「…悪い。松本。みんな。…少し、休ませて貰う。」
日番谷のその言葉に、隊員たちは顔を上げ微笑み、乱菊からは扉越しにお祝いの言葉が帰ってきた
「隊長。お誕生日おめでとうございます。」
と。
「…ありがとう。」
そう呟き、日番谷はと共に瞬歩でその場を後にした。
「…今日はすまなかったな。」
の部屋に着くなり日番谷はバツが悪そうに謝ってきた。
そんな日番谷には首を横に振るだけで、その表情には微笑みを浮かべていた。
「あと、二時間しかないね。」
「…二時間も祝ってもらえりゃ、十分だ。」
そう告げる日番谷にはますますその笑みを深いものへと変えていく。
「…あ。そうだ!」
ぱん。と手を叩き、立ち上がるとはそそくさと奥の部屋へと姿を消した。
日番谷はが消えていった方を怪訝そうに見つめていると、しばらくしてがなにか包みを持って戻って来た。
「…ほんとは乱菊さんが言ったとおりいろいろ考えてたんだけど……時間がなくなっちゃったから。
先に、プレゼント渡しておくね。」
そう言うと、は手にしていた包みを日番谷へと差し出した。
「…開けていいか?」
頷くを見て、日番谷がその包みを解いていく。
「気に入ってもらえたら良いんだけど………」
包みの中から出てきたのは隊花が描かれている硯箱だった。
「…今、冬獅郎が使ってる硯箱、所々欠けたり、ひびがいってるでしょ?だから、代わりに使ってもらえたらなぁーって思って。」
「…高かっただろ。」
日番谷の問いかけには首を横に振る。
それが真実ではない事は日番谷もわかってはいたが素直にその気持ちに感謝した。
「ありがとう。。大切に使わせて貰うな。…ただし、自室でな。」
「…え?」
日番谷の言葉にの表情に不安な影が浮かぶ。
「…違うぞ。…執務室で使っていたら松本を怒鳴るたびにこの硯箱が欠けたり、ひびが入るからな。
せっかくがくれたんだ。大切に長く使いてぇーんだよ。」
その言葉に、は小さな声でお礼を述べた。
「礼を言うのは俺の方だ。
……さてと、なんかしらねぇーが今日の為に色々計画してくれてたんだよな?全部は無理でも二時間でやれるものはやってもらうとするか。」
から貰った硯箱をゆっくりと机の上に置くと、ニヤリと片頬を上げ呟く日番谷には、少し後ずさりを試みたが、すでに時遅く
日番谷の腕に捕らえられてしまった。
「全部は来年の楽しみに取っとくよ。……俺の誕生日を忘れない為にもな。」
そんな呟きとの言葉が重なった。
「お誕生日おめとう。冬獅郎。……あなたが生まれてきてくれてよかった。」


…どうにか書きあがりましたが、甘くもなんとも無いものに仕上がってしまいました。
すいません。
パターンのような気もしますが、
やっぱり今日この日に隊長が生まれてきてくれた事に感謝の気持ちを込めてv
HAPPY BIRTHDAYv 冬獅郎vv