「……はぁ。」
執務室を目の前に は今日、何度目かの溜息をついた。
ためらいの先に……
「……はぁ。」
綺麗に包装されたプレゼントを手に溜息をつく。
「……渡したいけど。…………。」
手にしているプレゼントを見る。
そして、今度は視線を上げ、執務室の扉を見た。
「……はぁ。」
視線を落とし、再び溜息をついた時だった。
「……さっきから、何、やってんだ。……。」
「うひゃぁっ!!」
背後からの声には、酷く間の抜けた声を発してしまう。
「……た、隊長。」
恐る恐る振り返ると、そこには、今回の溜息の原因である隊長、日番谷 冬獅郎が立っていた。
「……さっきから、何、やってんだって聞いてんだよ。」
溜息混じりに聞いてくる隊長、日番谷の眉間には皺が寄っており、声からしてかなり不機嫌であることが伺えた。
「…あ。えっと。……い、急ぎの用件が回ってきましたので、隊長にお渡ししようとしたのですが、
霊圧が感じられなかったので………。」
どちらに行かれたのかと、思いまして………
手にしたプレゼントを慌てて後ろ手で隠し、が執務室前に立っていたもう一つの用件を日番谷に伝える。
「…そりゃ、悪かったな。こっちも急ぎの用件の書類を五番隊に持って行ったところだったんだよ。」
溜息混じりにそう、告げる日番谷には、そうですか。と小さく呟いた。
「……って、隊長が持っていかれたのですか?」
一度は納得してはみたのだが、よくよく考えれば、隊長自らが書類を持っていくことなど、ほとんど無いはずだ。
それを、隊長、自ら書類を持って行くなんて………。
よっぽど、重要な書類だったのだろうか。
そんな事を思いながらも、が口にしたのは
「……呼んでくださいましたら持って行きましたのに………。」
そんな言葉だった。
そんな言葉を耳にした日番谷は苦笑を浮かべる。
「……なに、言ってやがる。も書類、結構溜まっているだろ。
……今回は、にもかなりの量を頼んだからな。」
わりィな。
日番谷の小さな呟き。
その呟きがの耳に届き、今度はが苦笑を浮かべた。
「隊長の書類の量に比べれば、あんなの少ない方ですよ。」
「……んな事、言って、松本の分も引き受けてるだろう?」
ジロリ。と日番谷がを見る。
「…あははは。」
「あはは。じゃねぇーだろっ!…って、図星かよ。」
ったく。お前は……
日番谷が溜息をつく。
「…とりあえず、中に入れ。のその書類、俺の署名・捺印が必要なんだろ?」
「あ。はい。失礼、します。………うわぁ。」
促され執務室に足を踏み入れた途端、は驚きの声を上げる。
執務室の中は日番谷への誕生日プレゼントで溢れていたのだ。
「……相変わらず、すごいですね。」
苦笑と共にそう、告げるが、日番谷からの答えが返って来ない。
不安に思い、日番谷の方を見ると、ただ、じっとこちらを見ていた。
「……………。」
「…隊長?」
が日番谷を呼ぶが、やはり答えはない。
「…………。」
「……えっと、隊、長??」
日番谷は一向に答える事無く、ただ、じっとを見ていた。
なにか、気に障ることでも言ってしまったのだろうか?
不安にそんな事を思っていると、
「………。」
ようやく、日番谷の口が開かれる。
「あ。はい。」
慌てて返事をすると、目の前には鋭い視線を投げかけてくる日番谷。
そして……
「……お前……松本が何処にいったか聞かないって事は、松本が何処にいるか知っているんだな?」
「………あ。」
慌てて口を押さえたが、時、既に遅し。
ゆっくりと視線を上げると、眉間の皺がより、一層深くなった日番谷の顔がそこにあった。
「……あ。って、………お前な。」
溜息と共に、椅子に腰を掛ける。
「………だって。」
「…だってもへったくれもあるかっ!!松本の机の上を見てみろっ!!!」
日番谷の「お前」発言で、二人の言葉使いが上司・部下のものから同期のものへと変化する。
「……すごい量。」
松本の机の上には書類の山がうず高く積まれていた。
その量を見たは素直な感想を口にする。
「………で?」
「…で?…って?」
溜息と共に日番谷が発した言葉に、も質問で返す。
「とぼけんな。松本は、何処だ。」
その視線が……嘘を……惚ける事を………
許すものではなかった。
「……隊長の。…………」
「俺の?」
「………誕生日を祝う会場探しを………されてます。」
真相を述べると、日番谷の翡翠の瞳が一瞬、大きく見開かれる。
しかし、すぐ、いつもの表情に戻ると、
「……また。そんな事、やってんのか?」
「……そんな事って。」
日番谷の冷めた言い方には少なからずショックを受けた。
やっぱり。…こんな調子じゃ、渡せないな。とは思う。
それに………
日番谷に気付かれないように小さく溜息を吐くと、は日番谷に見えないように持っているプレゼントをそっと隠した。
「…俺たちの誕生日なんて、あってねぇようなもんだろ?……って、。
さっきから、気になっていたんだが……お前、後ろに何、持ってんだ?」
「……え?」
さすがと言うべきか……
日番谷は、のプレゼントを隠そうとする僅かの動きを見逃してはいなかったのだ。
急ぎの書類はそっちじゃねぇよな?
そう、問いかけてくる日番谷に、
「あっと。……えっと。」
視線を泳がせ、口ごもる。
「―って。あー!!」
次の瞬間、そのプレゼントは日番谷の手の中にあった。
日番谷が瞬歩を使い、の手から奪ったのだ。
「……………。」
「…返して。」
包み紙を見たまま、黙り込んでいる日番谷にが手を差し出し、
それを返してくれるよう願い出る。
が、日番谷は一向に返そうとしない。
それどころか、その包み紙をじっと見つめたまま。
「えっと……隊ちょ……。「………。」」
その、態度に戸惑いながらも、日番谷を呼ぼうとした時、同時に日番谷がを呼んだ。
そして、日番谷の視線がゆっくりと、の方へ向けられる。
その表情はどこか楽しそうにには見えた。
「……な、なに?」
日番谷がこういった表情を見せるとき、
それは限って何かを企んでいる時だと知っているは、その表情に思わず顔を引きつらせる。
「……サンキュ。ありがたく貰っとく。」
その言葉にの頬に朱が走る。
「だ、誰も隊長にだなんて言ってないじゃない!!」
「………ここに、『冬獅郎君へ』ってカードつけておきながら、何、言ってやがる。」
慌てて否定するを尻目に、ニヤリ。と笑いながらそのカードを指さす日番谷。
「………あ、預かってきたの!」
「……俺のことを冬獅郎君って呼ぶのは、お前だけだが?」
「……う。」
は、なんとか誤魔化そうとするが、どれも日番谷には通じない。
「諦めろって。……第一、これが『隊長へ』ってなっていて、送り主の名前がなくても。
からのプレゼントだって、わかるってーの。」
苦笑交じりにそう告げる日番谷。
「………なんで?……って、ここで開けないでよっ!!」
どうして、わかるのか。
そう、聞こうとしたのに、日番谷がからのプレゼントの包み紙を開けているのを見て、は大声を上げた。
必死で止めようとするが日番谷の手は止まらず。とうとうプレゼントを開けられてしまった。
「マフラー?」
「………うー。ゴメン。」
そう、が日番谷のプレゼントに選んだのはマフラーだった。
日番谷の誕生日プレゼントを何にしようか迷いながらさまよい歩いている時に見つけたもの。
マフラーなんて平凡すぎると、一度はその店の前を通りすぎたのだが、その先どんなに探してもピンとくるものがなく、
頭の片隅には、そのマフラーばかりが思い浮かんだ。
考え抜いた上でそのマフラーをプレゼントにと選んだのだが、
日番谷のその反応を見たは、やはり、違うものを探せばよかったと、唇をかみ締め俯いた。
「なんで、謝るんだよ?それにこの色………羽裏と同じ色の千歳緑だな。」
日番谷のその言葉には、はっと顔を上げる。
目に入って来たのは、嬉しそうに微笑んでいる日番谷の顔。
「………うん。」
その表情で、間違いじゃなかったと、
選んでよかったと。安心する。
「…サンキュ。これから寒くなるし、使わせてもらう。」
そう言って首にそのマフラーを巻く日番谷。
その姿に、は先程、ためらってしまったその言葉をようやく、口にした。
「お誕生日。おめでとう。冬獅郎君。」
