声の限りにその名を呼ぶ。
目の前にいるのに………
差し出したその手は相手に届くどころか、かすりもしない。
四肢を押さえつけられている事によって………
「 」
声を限りにその名を叫ぶ。
その目に映るは、四方から貫かれた、友人の体。
その手を掴もうとするが、体を押さえつけられているが為に、それがかなわない。
目の前で友人の体が、塵となって消えてゆく………。
声を限りにその名を呼ぶ。
「 」
その場に残るは、静かに流れる川の音と、
鮮血の跡のみ。
ユキノハナ
目覚めたが、辺りを見回す。
だが、まだ、夜が明けきっていないのであろう。
暗い闇に閉ざされていた。
「………夢。」
ポツリ、と呟く。
額から流れ落ちた汗を手で拭く。
………何年、いや、何十年ぶりだろう………。
この夢を見るのは………
そう思いはふと、自分の斬魄刀であるへと視線をやる。
「……お前が、見せたの?……?」
その呟きに、は答える事無く、静かに佇んでいた。
ふぅ、と溜息を一つ漏らすと、は布団から出て、窓辺へと足を運んだ。
窓を開け、空を見上げる。
見上げた空には優しい光に包まれた月が浮かび上がっていた。
まだ、夜明け前。
夜が明ければ、が所属している十番隊は、重要任務に入る。
―――
王印の護衛。
それが今回、十番隊に課せられた任務。
重要な仕事なのだから、十分に睡眠をとって置くようにと、
昨日の帰り際、日番谷に言われたばかりだというのに………
あの夢を見てしまった今、目が冴えてしまい寝付けそうにない。
「……また。叱られるな。……冬獅郎に。」
が、どんなに隠しても、日番谷はの体調不良から、寝不足に至るまで、全てを見抜いてしまう。
そういう、も日番谷のそういった面はいとも簡単に見抜いてしまうのだが………
色々あって、付き合うようになってからは、特に日番谷は鋭くなってしまった。
「……誤魔化せない……よね。」
はぁ。と、溜息をついた時だった。
ヒラヒラと地獄蝶が飛んできた。
何事かあったのかと不安に駆られながらも、その指に止まらせる。
すると、
『……睡眠は十分にとるようにって、言わなかったか?
夜明けまでまだ、時間があるから寝てろ。』
見知った声が、を叱咤する。
「…冬獅郎。」
どうやら、霊圧で見破られたようだ。
しかし、自分も起きているのに、あくまでもの事を心配する冬獅郎に苦笑が漏れる。
「…自分も起きてるくせに。」
クスリ。と笑みを零しそう、呟きながら指に止まらせていた地獄蝶を放す。
ヒラヒラと夜空を舞い、元いた場所へと戻って行く地獄蝶。
その空を、はただ、黙って見つめていた。
「………寝ろって、言わなかったか?」
声のする方へ視線を向けると、盛大に溜息をつく恋人、日番谷 冬獅郎の姿がそこにあった。
「…冬獅郎。」
「…ったく。何、考え込んでんだ?」
ゆっくりと、のいる窓辺へと歩み寄る日番谷。
「…こんな夜遅く、女性の部屋を訪ねるなんて、……失礼だと思わないの?」
冗談めかしてそう、言ってみる。
「不安げな霊圧出してるやつが言う台詞じゃねぇな。」
「ひやぁっ!!」
ぐいっと、腕を引かれ、その胸へと引き寄せられる。
「ちょっ。と、冬獅郎?!」
いきなりの事に驚き、その腕から逃れようとするが、
思いのほか強い力で抱きしめられているらしく、それが敵わない。
「冬獅郎ってばっ!!」
唯一、自由の利く顔を上げ、抱きしめている当人の顔を見上げると、
射抜くような視線の翡翠の瞳と視線が絡み合った。
「……な、な……に?」
全てを見通しているようなその真っ直ぐな瞳に、は一瞬たじろぐ。
「…何か、あったのか?……?」
ゆっくりと、だが、視線を逸らす事無く尋ねてくる日番谷。
その、真っ直ぐな視線にはたまらず、俯いてしまう。
「……。」
再び自分の名を呼ぶ、日番谷。
何か、あったのか。
と、再度尋ねてくる。
そんな日番谷に、は首を左右に振り、何でもないと告げる。
「……本当に?」
「…うん。なんでもない。」
顔を上げ、ふわり。と微笑んでみせる。
「……に、しちゃ。霊圧が不安定だったが………。」
「ほんとに、何でもないってば。
……少し、ね。……昔の夢を見たの。」
それだけだから………
「………そっか。」
昔からの付き合い。
こうった時、が多くを語らないことを日番谷は嫌と言うほど知っている。
これ以上は、聞き出す事は出来ないと悟ったのだろう。
ふぅ。と溜息をつくと、
「……。」
と、名を呼んだ。
何事かと、顔を上げると、ふっと感じた唇への温もり。
優しく、撫でるような口付けだった。
「……冬獅郎。」
「あんまり、溜め込むなよ。……いいな。」
そう言って、優しく髪を撫でられた。
その心地よさにの気持ちが徐々に和らいでいく。
「……うん。」
「……じゃ、もう少し、眠っとけ。……いいな。」
「…………うん。」
の返事を聞いた日番谷が立ち上がり、窓辺から外へと足を踏み出した時だった。
「。」
再び呼ばれたので、何事かと顔を窓の方へと向きなおす。
「……っ。……ぅん。」
先程とは比べ物にならない深い口付けを受ける。
「…ちょっ。……とうっ。……っん。」
逃げを試みるが、の両手は日番谷の両手によって自由を奪われている為、それが敵わない。
長い口付けが解かれた頃には、の体の力は全て抜け切っており、肩で息をしているほどだった。
ズルズルとその場に座り込むを他所に、日番谷はぺロリ。と自身の唇を舐め、
ニヤリと片頬を上げ、笑みを浮かべる。
「…よく、眠れる為のまじないだ。」
そう言うと、瞬歩でその場から去って行った。
「……余計に眠れなくなったじゃないっ。……バカっ!!」
日番谷が去ったその部屋で、
口を押さえ、顔を真っ赤にしたがそう、呟いた時だった。
が淡く光り出す。
「……?」
呼ばれているように感じたは、へと歩み寄る。
「…どうしたの?」
を手に取ろうとした刹那、
ザワリ。との体に言い知れぬ悪寒が走った。
「………な、に?」
次にカタカタとの体が小刻みに震えだした。
「……何か、起きるというの?」
大切な任務があるこの日に…………
「……?」
未だ、淡く光を放っている自分の斬魄刀へ語りかける。
――― 離れるな。
声が響く。
「………え?……?」
斬魄刀へ、問いかける。
――― 氷輪丸の主と………決して、離れてはならぬ。
「…ちょっ、?!……どういう事?」
がへ再度、問いかけてみるがそれ以上、が答えることはなく、
淡く光っていたはずのは、その光をも無くしていた。
言い知れぬ不安が、に取り巻く。
「……冬獅郎に、何か起きるというの?」
―――
教えてよ。……。
不安気に自身の斬魄刀を見つめ、胸に抱く。
空を見上げると、月は消え去り、薄っすらと空が白み始めていた。
今、十番隊にとって、
にとって最も辛く、長い日が始まろうとしていた。…………

映画「The DiamondDust Rebellion ―もう一つの氷輪丸―」
を観て、どうしても書きたくなってしまった夢ネタ。
そのさわり部分といいますか……プロローグとでも申しましょうか……
この先は、映画+小説を混ぜた形でお話沿いに進めて行きます。
当然、いない筈のヒロインがいますので、オリジナル要素も含んできますが、
よろしければ、お付き合いくださいませ。
