ゆっくりと意識が浮上してくる………。
ユキマチ ソウ
ぼんやりとした意識の中、黒い影が二つ。
「……護。」
「…・・・い、…ち、護。」
聞きなれたその声。
その声と共に、一護の意識が徐々にはっきりとしたものへと変わりだす。
「だらしがねぇーなぁ。……どれ、この恋次さまが起こしてやろう。」
そう言って、恋次が自身の手を握り締め、その手にはぁ。と息を吹きかけた。
「…ちょっ。」
それを慌てて止めにかかる、ルキア。
だが、恋次はその動きを止める事無く、その手を大きく振り上げ、ためらう事無く、その手を一護へと振り下ろした。
「せぇの!」
その声と同時に、ガツン。とした衝撃が一護に加わる。
「……っ。だっ、てぇ〜。」
加えられた衝撃により、一護の意識は完全に浮上し、それどころか、
その加えられた痛みにより、飛び起きる。
「…ほらな、こっちの方が早ぇーだろ?」
あー。と言った表情を見せるルキアに、ほら、見ろ。
と、言わんばかりの恋次。
「…っに、しやがるんだよっ!」
ガバリと、起き上がり、そのまま、恋次に掴みかかる一護。
「俺様のお陰で起きれたんだ。感謝、しろよ。」
「んだと?!」
「やんのか?コラ?」
いつもの言い合いに発展しそうになる二人を見たルキアは、人知れず、一つ溜息を吐く。
「……一護。」
冷静な声に、二人の言い合いがピタリと止まり、ルキアに視線が落とされた。
「…何があった。」
そのルキアの問いただす声により、一護がはっ。と、辺りを見渡す。
……だが、そこには、一護が探す者の気配も、影も何も無かった。
「……くそっ。……一体、俺はどれくらい気を失っていたんだ?……冬獅郎の奴何処へ行きやがった?」
頭を掻き毟りながら呟いた一護の言葉に、ルキアと恋次が互いの顔を見合わせる。
「…ちょ、待て!…お前今、『冬獅郎』って?!」
その声に一護が顔を上げる。
「……お前ら」
一護の呟きに、ルキアと恋次はただ、黙って頷いた。
クロサキ医院。
ルキアと恋次を伴って自室に戻って来た一護は、入ってすぐ、机の上に隊首羽織が置かれている事に気がついた。
「……あいつ。」
【十】の文字が書かれてある、隊首羽織を手に取り、小さく呟く一護。
「…てめぇ。…なんで止めなかった!!」
その様子を見た、恋次が、一護に掴みかかる。
「止めたさ!!」
掴まれた恋次のその手を払いのけ、一護も叫ぶ。
「…けど、行っちまったんだよっ!……ワケわかんねぇ女、追っかけて……と一緒によ。」
「……女?」
「仮面の軍勢(ヴァイザード)にも破面(アランカル)にも見えたけど…よく、わからねぇ。」
恋次の問いかけに、一護は自分が見たその女の特徴を二人に話す。
考え込み、その女の特徴を語る一護を見たルキアと恋次は互いの顔を見合わせた。
「……ん?……ちょっと待て!…お前今、と一緒にって言わなかったか?!」
恋次が、何かを思い出したかのように、一護に再度尋ねる。
「…ん?…ああ。…言ったぜ?」
「…三席も日番谷隊長とご一緒なのか?!」
ルキアも驚いたように尋ねる。
「……っ、お、おう。」
二人のその剣幕に、一護は一瞬たじろぎを見せるが、が日番谷について行ったことは紛れも無い事実だ。
「……そんな。三席がご一緒だというのに………。」
ルキアが驚きを隠す事無く呟く。
「……アイツ。……何も言わなかったって事だよな。」
恋次も、隊首羽織を見つめ、同じように呟いた。
「…隊長命令ってやつじゃ、ねぇーのか?」
二人のその様子に一護が自分の考えを述べる。
「お前なぁ。…アイツ、は日番谷隊長が十番隊隊長である事を誰よりも誇りに思っている奴なんだぞ?
そんな奴が、この隊首羽織を置いていくことを黙ってみているって事はありえねぇんだよっ!」
「……もしかすると、三席は全てをご存知なのかも知れぬ。」
「「…え?」」
ルキアの呟きに、一護と恋次が視線を落とす。
「三席は日番谷隊長がこのような事をされている理由を全てご存知なのかも知れぬ。
……知っているからこそ、何も言わなかった。……いや、言えなかった。」
視線を落とし、考え込むように呟くルキア。
その様子に、二人はただ、黙って顔を見合わせる。
「……一護。」
顔をあげ、視線を一護へと送るルキア。
「…日番谷隊長は何か仰ってはいなかったのか?」
隣に立ち、一護に尋ねる。
「…ん、ああ。」
「…何も聞かなかったのかよ?!」
言葉を濁す、一護に恋次が呆れたように問いかける。
「…あ。いや、…王印を取り返すって……。……でも、……それだけじゃねぇんだ……。何か……。」
一護が、あの時の日番谷を思い起こす。
「……っ。そうだ!クサカ、って誰だ?」
思い出したように一護が告げるその名。
だが、聞き覚えの無いその名前にルキアも恋次も首を傾げ、
「…クサカ?」
と、ルキアが一護に聞き返す。
「……聞いた事ねぇなぁ。……そいつがどうかしたのか?」
「……殺された男の名だとか言ってたけど……そんときのアイツ……それに、も………」
日番谷の目を伏せた、あの複雑な表情を、
が『殺された』と言う言葉を聞いた時の、あの寂しそうな表情を一護は思い出す。
何処かで、見たことのある表情だと。
クサカと言う名を聞いてしばらく、考え込むように俯いていたルキアが顔を上げて言った。
「…恋次。一度、尸魂界に戻ってその『クサカ』と言う男を調べてくれぬか?
松本副隊長が言っていた襲撃者と何か関係があるやもしれぬ。」
「……いいけど。……なんで俺が?」
他の奴等に任せてでも出来る仕事のはずなのに、自分にあえて戻って欲しいというルキアの意図がわからず、
少し、不満げな声を漏らす恋次。
そんな恋次にルキアは、再度言う。
「…無席の私では松本副隊長への接見はかなわぬからな。………それと。」
机上の隊首羽織を手に取る。
「……これを、松本副隊長に。」
【十】の文字が書かれたその隊首羽織を恋次へと手渡す。
その隊首羽織をルキアから受け取り、【十】の文字をじっと見つめた。
そして……
「……嫌な役回りだぜ。」
そう、小さく、独りごちた。