ただ、待つしか出来ない事に苛立ちを覚える。



――― 尸魂界。
十番隊副隊長室内。




静かに、ただじっと座っている松本乱菊の姿がそこにはあった。
俯き加減にただ、じっと。


………その唇を噛み締めて。







ユキマチ ソウ








水を打ったかのような静かさの中、不意に外が騒がしくなった。
何事かと、俯き加減に座ったいた乱菊の顔が上げられる。



外には、見知った霊圧が一つ。

「……この霊圧。……恋次?」

現世に向かったはずの恋次。
こちらに戻って来たという事は………。



乱菊は、その場を思わず立ち上がり、外へと続く扉へと歩を進めた。



一方、その外では、十番隊の隊舎門の前で、恋次と二番隊副隊長・大前田希千代が中へ入れろ、入れない。
の押し問答を繰り返していた。

「だめだ!松本乱菊との接見は禁じられている!」

門の中央に立ち、恋次をその中へと入れることを拒否する大前田。

「いいじゃないっすか!ちょっと話すくらい!」
「だめだ。だめだ!総隊長並びに砕蜂隊長の命令だ!」

恋次が何度、頼んでも門前の大前田は頑として譲らない。

「……んだよ。融通きかねぇなぁ。」

その融通の利かない頑なさに恋次が、チラリと大前田を見上げる。

「……この、らっきょ頭が。」

視線を外し、小さく、忌々しげに恋次が呟いた。
途端ピクリ。と、大前田が片眉を上げる。

「……てめぇ。…今、俺様を侮辱しただろ。」
「してない。」

怒りに震える大前田を前に、さらりとシラを切る恋次に怒りが更に増したのか、大前田の体が小刻みに震えだした。

「しらばっくれてんじゃねぇーぞ!今、らっきょ頭って言っただろうがっ!!」
「し・ら・ね・ぇ・な。」

そんな大前田を前に、シラを切りとおす恋次。

「耳、悪くなったんじゃないっすか?」
「………っんのぉ〜。」

あさっての方向を見ながら、耳に指を入れ、そんな事を言ってのける恋次に、
大前田は顔を真っ赤に怒りを露にする。

そんな二人に巻き込まれるのはゴメンだとばかりに黙って見ている他の隊士たち。
だが、内心は、大前田が怒りに任せて恋次に、掴み掛かるのではないかとハラハラしていた。




「ずいぶん賑やかだねぇ。」

言い合いを続けていた二人に突然聞こえてきたその声
二人は言い合いを止め恋次は振り向き、大前田はその顔を上げる。

その場に居合わせた他の隊士たちは、その声の主が現れた事で、ほっ。と、安堵の溜息をついた。


「京楽隊長!」

恋次と大前田の視線の先に、徳利を下げた八番隊隊長・京楽春水と、その数歩後ろを歩く同副隊長・伊勢七緒の姿があった。

「僕が一緒に入るよ。……それならいいだろう?」

全てを見ていたかの様な京楽のその発言に大前田が、不満げな表情を見せる。
それを見た京楽は、深く被っていた編み笠を少し斜めに上げ、静かに言った。


「…それとも、八番隊隊長が信用できないかい?」

その表情は微笑んではいたが、有無を言わせぬ強さが、そこには秘められていた。










「……クサカ?」

恋次の報告を縁側で聞いた乱菊は、その名にしばらく考え込む。

「……わからないわ。……聞いた事も無いと思う。」

しばらくして、乱菊はそう言って首を左右に振った。

「……そうっすか。」
「……なら、……知っているかもしれないでしょうけど………。
 副隊長のくせに、隊長のこと……部下のの事を何も知らないなんてね。」

乱菊の苦しげな小さな呟きに、恋次は何か言葉をかけようとするが、
その言葉が見つからず、そのまま黙り込み、俯いてしまう。

そんな二人を黙ってみていた七緒が眼鏡を上げ、恋次に今まで聞いた状況を整理し始めた。

「……まず、わからないことがいくつかあります。
 日番谷隊長は、その『クサカ』と言う男とどんな関係なのか。……男は事件と関係あるのか?…あるとしたら、それはなんなのか。」

七緒の言葉に、全員が考え込む。

「また、三席は、『クサカ』と言う男を知っているのか。
 ……そして、日番谷隊長が黙って姿を消すという行動に至っている原因を本当に知っているのか。…知っているとすれば、何故連絡をして来ないのか。」

七緒がそう言って、日番谷と
二人に対するいくつかの疑問をそれぞれあげていく。

「……謎、だらけね。」

七緒があげたその疑問が何一つわからない乱菊は途方に暮れたように肩をすくめた。


「…調べればいいんです。」
「え?」

七緒の言葉にその場にいた全員が一斉にそちらへ視線を向ける。

「人が人の事を全て知るなんて事は、土台無理な話です。
 ………少し手間は掛かりますが、わからなければ、調べる。……簡単な事じゃないですか。」

七緒の言葉を驚いたように聞く乱菊と恋次に対し、京楽はニヤニヤと、編み笠をくるくると回しながら見ていた。

「なんですか?!」

そんな京楽の様子に気付いた七緒が抗議の声をあげる。

「さっすが七緒ちゃん。七緒ちゃんならきっと何とかしてくれると思ってたよ。」

七緒の凄みにもひるむ事無く、ニヤつくその表情を編み笠で隠しながら、京楽は大きく頷く。

「…え?……あのっ。」

いきなり京楽にそう言われ、戸惑いを見せる七緒。

「お願いしますっ!」

恋次が真剣な表情で七緒に頭を下げる。

「…え、ちょっ!」

なんだか、流れ的に自分が調べなければならなくなってきている事に、七緒は戸惑いを隠せない。

「…ありがとう。七緒。いつかお礼するわ。」

乱菊までもがそんな事を言う。
七緒の戸惑いはますます強くなっていく。

「…じゃ、お礼はコレで。」

乱菊のお礼と言う言葉に、京楽がお猪口(ちょこ)を呷(あお)る仕草を見せた。
そんな京楽に、乱菊はクスクスと笑みを漏らす。

「……わかりました。」

どうやら、自分が調べる羽目になってしまった事に、七緒は諦めのため息を付き、
そして縁側に座っている京楽を恨めしげに見た。

「……ただし、隊長にも手伝ってもらいますからね!」

普段、サボっている事が多いのだから、これくらい手伝うのは当然だとばかりに、
京楽にも手伝うよう申し出る。

「…えー。僕もぉ?」

いきなり調査をふられた京楽は、不満げな声を漏らす。

「当然です!」

そう言い放つ七緒のその両頬を、一人で調べるのは不満とばかりに大きく膨らませていた。

「……ふ。……あははは。」

そんな京楽と七緒やり取りを見て、乱菊は声をあげて笑った。
そんな乱菊を見た他の三人も声をあげて笑う。



日番谷とが黙って姿を消して以来、始めて十番隊舎に笑い声が響いた。




しばらくして、恋次だけが、その笑を止める。
視線に写るのは、ルキアから手渡された「物」。

「…あの。…乱菊さん。」

恋次が酷く言いづらそうに、乱菊に声を掛ける。

「…なに?」

その笑を止め、恋次の方へと視線をやる。

「………これを…………。」

手渡された、その風呂敷包み。
乱菊は、どこか不安に駆られながらもその風呂敷包みを黙って受け取った。






「現世のルキアと一護から言づかって来ました。」

乱菊が室内でその風呂敷包みを開けると、中には隊長の象徴である白い羽織。
その羽織を見た乱菊は静かに息を呑む。


そして黙ったまま、肩の部分を持ち上げ、羽織を広げた。



「……っ。怪我を?!」

しばらく羽織を黙って見つめていた乱菊が羽裏に乾いた血の染みを見つけ、声をあげる。

「…はい。一護の話では、相当に酷く………。」

一護から聞いた日番谷の様子。


その様子を聞いただけで、実際に日番谷の状態を見たわけでもない恋次でさえ不安を覚える。

日番谷ほどの霊圧があれば、止血は出来ているであろう。
………が、きちんと治療したわけではない。
それほどの深手を負っていながら、きちんとした治療を受けていない日番谷の傍にいるは、どれほどの不安を抱いているだろう。

そう思うと、恋次は人知れず顔を伏せ、その唇をかみ締めた。

「………なのに、これを置いていったのね。」

乱菊の言葉に恋次は伏せていた顔を上げる。
羽裏に付いた、その乾いた染みに触れ、乱菊は再び寂しそうな表情を見せた。


――― ああ。そうだ。
……この人も不安なんだ。

恋次は、今更ながらに改めてそんな事を思う。

も、どうしてこれを置いていく隊長に何も言わなかったのかしら?
 ………やっぱり何か、知っているのかもしれないわね。」

日番谷の羽織を見つめ、乱菊が静かに呟いた。

「……ルキアも同じ事を言ってました。」
「朽木が?」

乱菊の問いに、恋次はゆっくりと頷いた。

「…は、日番谷隊長のこの行動の理由を知っているのだろうって。
 ……知っているからこそ、何も言えなかったんじゃないかって………。」

現世でルキアが言った言葉。
それを思い出し、恋次はルキアの考えを、思いを乱菊に伝える。

「……知っているからこそ、……ね。………全く、二人共生きていた事を喜ぶべきなのか、
 ……隊長に対してはこの羽織を置いていったことを、……に対しては、隊長が羽織を置いていく事に何も言わなかった事を怒るべきなのか。」

寂しそうな表情で乱菊が笑う。

「それはっ!」

乱菊のその表情に恋次は再び口ごもってしまう。



室内に、沈黙が流れた。



その沈黙を破ったのは京楽だった。

「……まったく。皆がこんなに心配してるって言うのに、あの二人は一体、何、やってんだかねぇ。」

腕を組み、溜息混じりに呟く。
京楽のその呟きに、恋次はその手を力一杯、握り締めた。

そして、思う。

――― 日番谷隊長。

あんたを信じ、心配している人はここにも大勢いるんだ。と………



―――

お前が、日番谷隊長を信じているのなら、俺たちも信じてくれ。頼ってくれ。と………





再び訪れた沈黙の室内を、茜色の夕日が静かに照らし出していた。