――― どうして。



その思いばかりが浮かんでは消えていく。


人には溜め込むな。
背負い込むなと言う。


でも……この人は、溜め込んでしまう。
背負い込む。


力になりたいと願うのに、いつも力不足を思い知らされる。



でも、今回は………
何が何でもついて行く。


どんなに、拒絶されようと。









ユキマチ ソウ






「隊長。」

決意も新たに、は背を向けたままの日番谷に声を掛ける。

「…………。」

やはり、答えは返って来ない。
ふぅ。と溜息をつくと、は再度、呼びかけた。

「……日番谷隊長。」
「…………。」

やはり答えはなく、に背を向けたまま………。


日番谷の背を見つめ、は唇をかみ締める。

氷輪丸を手にしたあの時に脳裏に流れてきたあの映像。
あれが、斬魄刀の共鳴だとしたら……
氷輪丸が見せてくれたものだとしたら………。

の脳裏に昨日見た夢が思い出される。


――― 同じ。なんだ………



ならば………

はただ、黙って椅子に腰を掛けた。

暗闇の室内。
明かりといえば、窓から差し込まれる月明かりだけだ。

沈黙の中、ただ時間だけが過ぎていった。






「…どうして、ここに居るんだ?」

どのくらいの時間がたったのだろう。
ふぅ。と小さな溜息が聞こえたかと思うと、背を向けられていた日番谷の体がゆっくりとの方へと向き直った。


「…隊長を追ってきました。」
「…んな、事を聞いてんじゃねぇ!……つっ!!」

事も無げにそう、告げるに日番谷は勢いよく、起き上がる。

勢いをつけ、起き上がった為、傷口に痛みが走ったのだろう。
その痛みに日番谷は少し、顔を歪め刺された箇所を手で押さえた。

「隊長!」

が慌てて椅子から立ち上がリ、支えようと手を差し伸べる。
……が、その手を日番谷に払いのけられた。

「…………。」

行き場を無くしたその手を見つめる
その様子を見た日番谷も気まずそうな顔を一瞬、見せた。

「尸魂界へ……戻れ。」

しばらくの沈黙の後、日番谷の口から出た言葉はそれだった。

「嫌です。」

の間をおかずに帰ってきた否定に日番谷の瞳が見開かれる。

「……お前、自分で何、言ってるのかわかっているのか?」

日番谷の厳しい視線がに向けられた。

「…隊長命令だ。とか、言わないでくださいよ。」
「…これは、隊長命令だ。…お前は帰れ。」

「…隊長も聞いたはずです。…私も隠密機動に捜索されている身なんですよ?…それでも帰れと?」

問いかけるような視線を日番谷に送る。

「……そうだ。今ならまだ、間に合う。…お前は戻れ。」

そう言って、日番谷の視線がから逸らされる。



日番谷の頑なな態度にはその視線を下へと向ける。
ただ、黙って自分の握り締めたその膝に乗せた手を見つめていた。

「……どうして。………。」

俯き、呟かれた言葉に、日番谷の視線がへと向けられた。

「…どうして、隊長はそうやって全てを自分で背負い込むんですか?
 私には、背負い込むな、溜め込むなって言っておいて、自分は、…どうして?」

問いかけたの瞳が揺らいだ。

「…お前と俺じゃ、立場が違うだろう。」
「…立場って?…隊長と三席って事?
 ………その前に、冬獅郎とは同期だって思っていたのは、私だけって事?」

の言葉使いが、部下のものでなくなる。

「俺もお前は同期だって思ってるさ。」
「…じゃ、どうして?頼ってくれないの?」
「……それだけじゃ、ねぇんだよ。…今回の件は……」

日番谷の表情が苦渋に歪む。

「…何も分からず、何も知らないまま、尸魂界に戻って、ただ、じっと冬獅郎を待ってろって言うの?」

何も語ろうとしない日番谷に、は再び俯いた。
本当は知らないわけではない。

氷輪丸を手にしたあの時に、大体の事情はわかった。
日番谷のしようとしている事も………
だからこそ、傍に居ようと決めた。

戻る訳にはいかない………


それに………

「……また、あの時みたいな思いをしろって言うの?」
 
の言葉に日番谷が、はっと顔をあげる。



「………あんな思いは、二度と、嫌。」

俯いているの表情はわからないが、微かに揺れている肩………


――― また、泣かせたな。

そんな事を日番谷は思う。



あの時、藍染に傷付けられ、重症を負った日番谷が意識を取り戻し、最初に見たのは
瞳を真っ赤にさせ、幾筋もの涙の跡をつけた憔悴しきったの顔だった。

そんなに重く感じる手を挙げ頬に触れると、驚いた表情を見せたかと思うと再び泣き出してしまった。

泣き止むまで、ずっと日番谷はの背中を、髪を撫でていたことを思い出す。

「……。」

日番谷の呼びかけに、ピクリとの体が揺れた。

「………お前を、巻き込みたくねぇ。」

霊圧感知に優れている
仮面の男の事もはわかっているだろう。

日番谷は、だからこそ、本当の思いを告げた。
巻き込みたくないのだと……

日番谷のその言葉には顔をあげた。

そして、ゆっくりと息を吐く。

「…そんな事言わないで。巻き込んでよ。……私は巻き込んで欲しい。
 少なくとも、今回のこの件は…巻き込んで。」

そう言うとは徐にを腰から外した。

「……何、してるんだ?」

日番谷はの行動の意味が分からずそう、問いかけるがはその質問に答えない。
をじっと見つめ、何かを呟いた。

「……。何してる。早く、尸魂界に戻れ。」

再度、そう告げる日番谷にを日番谷に握らせた。

「…なに、して………」

瞬間、流れてきた映像に日番谷の瞳が大きく見開かれた。
弾かれたように日番谷はを見る。

「……………お前……。」
「…これが、私が冬獅郎に今まで隠してた事。………昨日の夜、見た昔の夢。」

そう言って寂しそうに微笑むを日番谷は思わず抱き寄せる。

「…冬獅郎?」
「……ばかやろ。」

日番谷のを抱きしめる力が更に強くなる。
も日番谷の背中にその手をまわした。

「……だから、お願い。…連れてって。」

日番谷の胸に顔を埋め小さく呟く

「……傍に、居させて。」

繰り返しそう告げるを日番谷は更に強く抱きしめた。







日の出前のささやかな光の中、誰も居なくなった一護の部屋。


ベットの上には日番谷に掛けられていたタオルがきちんと畳まれていた。




そして、
一護の机の上には……






こちらもまた、きちんと畳まれた、








十の文字が書かれた隊首羽織が置かれていた。